米国のライフ・セツルメント市場


概 略

 ライフ・セツルメント(生命保険の買取)市場は、過去5年間、2倍に拡大した。高齢の被保険者は、 様々な理由で生命保険を売却する。売買で重要な役割を果たすのは売り手(被保険者)と買い手 (プロバイダー)の仲介を行うブローカーである。ライフ・セツルメント市場の出現は、 消費者が受身の立場(保険会社からの保険金支払を待つ、或いは、解約払戻金を受取る)から、 能動的な立場(解約払戻金より高い価格での買い取り手を求める)に変わったと言う意味で、 生命保険業に大きな影響を与えている。


本 文

 ライフ・セツルメント(生命保険の買取)市場の拡大については多くの金融業界のプロフェッショナルが 驚いている。過去5年間にライフ・セツルメント市場は2倍に拡大した。このように急速に拡大した例は他業界にはあまり例がない。ライフ・セツルメントは今やファイナンシャル・プランニングにおける 重要な一つのプロセス/手法となりつつある。

 1999年のコーニング社の調査によると65才以上を被保険者とする生命保険金総額は4千900億ドル、 その内の約4分の1にあたる1千80億ドルがライフ・セツルメントの見込み市場とコーニング社は予想している。 同社の03年の調査によると、02年には10億ドルがライフ・セツルメント市場で取引されたとのことである。 業界専門家は04年の同市場の取引金額は60億ドルから80億ドルであると語る。業界の拡大について事情に 詳しいザイザー弁護士は業界紙“カリフォルニア・ブローカー”のインタビューで次のようにコメントした:

 “生命保険の買い取り事業は、顧客対象が末期のエイズ患者(バイアティカル・セツルメント)から、 70代以上の高所得者層に移ったことにより市場の拡大が促進された”

 高齢の被保険者は次のような理由で定期、終身、ユニバーサル、変額保険を売却している:

高齢者がライフ・セツルメントを選ぶ理由
  ・ 保険料の支払から開放される為
  ・ 保険料を支払い続けるより、他の投資に利用するほうが得である
  ・ 保険を必要としなくなった;受取人が亡くなり、子供が独立した
  ・ 退職後の生活費として追加資金が必要となった
  ・ 保険の解約による払戻金よりも高額の支払を受けることができる
  ・ 医療保険で補償されない治療費を支払わなければならない
  ・ 長期介護保険、確定年金、又は、他の投資のための資金を必要とする

生命保険セツルメント協会
  米国においては、業界団体の活動はその業界の成熟度を知る指針になる。生命保険セツルメント協会 (Life Insurance Settlement Association) は1995年に設立された。生命保険の買い取りは古くから 行われてはいるが、協会の設立が10年前であるという事実から、商品として未だ初期段階にあることがわかる。 協会の目的は次の通りである:

  ○ 連邦及び州法に遵守して事業が行われるよう、監視する
  ○ 業界の発展を推進する
  ○ 売買に携わるプロフェッショナルの倫理を高める
  ○ 消費者の理解を深める
  ○ 競争的な市場を作る

 会員にはブローカー、プロバイダー、資金提供者、その他サービス提供機関が含まれる。協会のウェブ サイトによると、ブローカーとは、「保険を売却しようとする契約者を補助する個人又は機関」、 プロバイダーとは「保険を購入する個人又は機関」と定義されている。資金提供者とは「個人投資家や 機関投資家」、その他サービス提供者とは「弁護士、公認会計士」である。協会代表者ダグ・ヘッド氏によると 会員数はこの5年間で2倍に増大したとのことだ。

ライフ・セツルメント・ブローカー
  金融業界において、仲介業者(或いは流通業者)はビジネスの発展に大きく貢献する。 ライフ・セツルメント業界も例外ではない。いかに多くの販売者(保険契約者)と購入者(プロバイダー)が 存在していたとしても、売買契約は容易には成り立たない。それは、保険商品が日用品とは違い、 法律や相場や複雑な補償条件の知識無しに売買することが困難であるからだ。 そこで、ブローカーは保険契約者とプロバイダー間の売買契約が、法的な問題を生じさせることなく スムーズに行われるようサポートする。保険契約者とプロバイダー両者に価値を提供するのがブローカーである。

 ブローカーは次のような手段で業界の拡大を促進している:

  ○ プロバイダーや資金提供者との関係構築
  ○ 保険種類、平均余命、アンダーライティング、資源提供者の価格設定
    モデル等に関する知識
  ○ ライフ・セツルメントに関わる連邦や州規制法についての知識
  ○ プロバイダーとの交渉能力
  ○ 第二次市場(注)で迅速に多くの販売者(保険契約者)を見つける能力
  ○ 生保エージェントやファイナンシャル・プランナーに対するセミナー
  ○ 生保エージェントが顧客に説明する為の企画書作成のサポート
  ○ 生保エージェントへの職業専門家賠償責任保険の提供

 ライフ・セツルメント・ブローカーは保険契約者とプロバイダー両者に付加価値サービスを提供している。  顧客のために、最も高い金額で買い取ってくれるプロバイダーを見つける。一方、プロバイダーや資金提供者に 対しては、保険契約の真正さを保証する。即ち、ブローカーは保険証券の補償内容、医療データ、 保険契約解約書、医師の診断書等、を査定するのである。ブローカーは次のようなステップで売買契約の サポートを行う:

ライフ・セツルメントのプロセスとケース例
  1. 保険契約者はブローカー所定の申込書に記入し、委任状、情報開示通知書
    を提出する
  2. 保険契約者の担当医師から取寄せた診断書を査定する
  3. 複数のプロバイダーから買い取り金額を求める
  4. 最も高い買い取り金額を保険契約者に提出する
  5. 保険契約者が受諾した場合、署名を取り付ける
  6. 保険会社に保険受取人変更の手続きを行う
  7. 保険契約者への支払

 ブローカーである「アドバンス・セツルメント社」のウェブサイトには実際のケース例が紹介されている:

保険種類 保険契約者 保険金額 解約払戻金額 セツルメントによる支払金額
ユニバーサル 男性78才 3百万ドル 16万ドル 84万ドル
ユニバーサル 男性80才 56万ドル 2万7千ドル 12万5千ドル
終 身 男性75才 150万ドル 7万8千ドル 45万ドル
ユニバーサル 女性78才 百万ドル 4万2千ドル 14万ドル


 同社がこれまで取扱った保険金額の合計は15億ドルを越える。代表者は前述の生命保険セツルメント協会の 理事としてライフ・セツルメントに関わる規制法運動の率先者である。全米の大手保険ブローカーや金融 プロフェッショナルへの教育や資金提供者との関係構築に積極的に取り組んでいる。

生保エージェントへのサポート
 ブローカーは生保エージェントにサポートを提供する。セミナー、企画書作成におけるアドバイス、 専門家職業賠償責任保険の提供を通じてだ。保険契約を売却しようとする保険契約者は先ず、 生保エージェントに相談する。従って、ブローカーとしても見込み客と接触している生保エージェントとの 関係構築は重要なのである。生保エージェントも ‘保険契約の売却による報酬’ ‘失効したかもしれない(保険料負担ができない為に解約するケースがある)保険契約の手数料収入’ ‘保険契約者が新たに購入する金融商品の手数料’等、利益を受ける。

 ライフ・セツルメント市場の出現は、消費者が受動的な立場(保険会社からの保険金支払を待つ、 或いは、解約払戻金を受取る)から、能動的な立場(解約払戻金より高い価格の買い取り手を求める)に 変わったと言う意味で、生命保険業に大きな影響を与えている。
 (注)第二次市場(セカンダリー・マーケット):この表現はライフ・セツルメント市場をうまく 言い当てている。消費者が保険会社から保険を購入するのが第一次市場(プライマリー・マーケット)、 消費者が保険を売却するのが第二次市場である。第二次市場とは、別の言い方をするとセカンドハンド (中古)市場である。

参考:
  ○ 「ライフ・セツルメント・ブローカー:ライフ・セツルメント・プロセスにおける重要な
    プレイヤー」カリフォルニア・ブローカー05年2月号38頁
  ○ 生命保険セツルメント協会(Life Insurance Settlement Association;
    LISAウェブサイト:http://www.lisassociation.org/index.html
  ○ アドバンス・セツルメント社のウェブサイト:
    http://www.advancedsettlements.com/

 

野 田 節 子
http://www.sgnpacific.com/